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  • 松原産業の歩み
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平成、そして未来へ

世代交代とIT化

平成5年(1993)に創立45周年を迎えた当社は、23年間社長を務めた東一郎が会長職に退き、その息子である正和が代表取締役社長に就任。役職陣の若返りを図る。
平成7年(1995)5月に栗山本社の社屋新築工事に着手、同年10月に完成。情報化時代への対応とともに、事務処理の合理化とスピーディ化を目的に、多くのコンピュータを導入しIT化も推進した。

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福利厚生の充実

「人」を第一に考えるという企業姿勢から、当社では福利厚生面のさらなる充実に力を注いだ。
平成5年(1993)4月に4週6休制をスタート。平成6年(1994)1月には有給休暇制度を改正し、半年勤務にて10日間支給することとした。さらに、平成8年(1996)春からは4週7休制をスタート、翌9年春には4週8休制を実現する。
また、平成9年(1997)からは海外研修旅行を実施。平成5年(1993)には大学進学者に奨学金が貸与されるシステムを導入。多くの子弟が自由に学ぶ喜びを享受している。

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企業体質の強化に向けて

平成6年(1994)、松原商事(株)の建材部門を当社の札幌西営業所として継承。
平成8年(1996)には、集成材の製造および販売を手がけていた北林加工(株)と合併し、芦別集成材工場に名称変更、栗山販売所は本社建材部とした。この合併により、当社の資本金が1,850万円増資され8,850万円となる。
平成9年(1997)には大阪に本拠を置く(株)ホクリンと合併、当社の大阪営業所となった。
平成10年(1998)には上芦別製材工場を閉鎖、従業員は芦別集成材工場に配置転換。
平成13年(2001)には松原運輸(株)を吸収合併し、当社の事業に組み込む。
さらに平成15年(2003)には東邦製袋(株)清算部門を当社の旧栗山製材工場に移転し、統廃合を推し進めた。西区琴似に在った札幌西営業所も東区北丘珠に新たに用地を取得、札幌営業所として新しい社屋の建設を進め、平成15年9月1日に完成。8月には、グループ企業の東邦製袋(株)及び松原商事(株)の本社も発寒に新築移転し、新社屋のもと業務を行っている。

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新たなる挑戦

平成12年頃より当社は輸入材へとシフトしている。 平成14年(2002)防腐剤不要の完全天然素材として注目されるサイプレス(オーストラリアひのき)、スウェーデン製の窓枠、フィンランドのパイン羽目板、カナダのWRCチャネルサイディングなど、主に住宅の基礎材や部材をレイアウトし、工務店ならびに一般ユーザーを対象として展示会を開催、盛況のうちに終了した。
平成8年(1996)に新たにGP事業部を立ち上げた。GPとはグラフィックプリントのことで、耐侯性に優れ、自動車側面や案内板といったような用途が幅広い。同時に、デザインからプリント、さらに施工までを担う一貫受注体制も整えた。平成14年(2002)には札幌地下鉄東西線7車両に採用されるなど、着実に実績を上げている。
更に、平成18年、工場ではグリーン購入法事業者の認定を取得。又、建設部ではアキュラシステムを導入し、本格的な個人住宅を開始した。 このように、当社は今後も木材業界という枠にとらわれることなく、新規事業等にも着手。新しい分野へも積極的に挑戦していきたいと考えている。広大な社有林ならびに社有地の有効活用、又、自己資本の増強とキャッシュフローによる健全経営をめざし、社員とともに未来を切り拓く新しい時代へ今、踏み出した。

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